2010年03月04日

ナザレ・アルコバサ・バターリャ

前回の投稿でオビドスへの小旅行について書きましたが、その後お昼ごはんを食べにオビドスから車で約45分くらいのナザレに行きました。オビドスでは何とか傘をささなくてもよかったのですが、ナザレでは本降りになってレストランへの道でずぶ濡れになってしまいました。

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ナザレは小さな漁師町。お昼ごはんにいわしの炭焼きをいただいている間に雨がやんでよかったです。レストランから車まで歩いて戻るとき、栗らしきものを売っていたおばあちゃんたちがいました。その民族衣装がいかにもポルトガルらしくて、おもわず写真を撮らせてもらいました。黒ずくめの衣装は未亡人だということ。車に乗ってからナザレの町を出るまで、何人か民族衣装のおばあちゃんを見ましたが、写真が撮れなくて残念。お祭りでもないのに、人々の着ているものが写真に撮りたくなる町ってそうないですよね。

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うちの家族だけの旅行だったら、これで泊まっているホテルに戻って、ホテルでだらだら過ごすというのが定番ですが、今回の旅行で一緒だった行動派の友だち家族のおかげで、ナザレから近い、アルコバサ・バターリャの修道院へも足を伸ばすことができました。この二つの修道院は世界遺産に登録されています。

アルコバサのサンタ・マリア修道院。オレンジの木が植えられた美しい回廊が印象に残りました。そのほかこの修道院は、身分の違いのために幸せになれなかった悲しい愛の物語の主人公、ペドロ1世とイネスの石棺があることで有名です。

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そして、最後に訪れたのがバターリャの修道院。バターリャに着いてすぐ目の前に現れた堂々とした壮大な建物。その華麗な外観の割には中の教会は、とても簡素な造りで驚くほどでしたが、ステンドグラスがたくさんあり、とてもとても素敵でした。

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2010年02月17日

「谷間の真珠」と呼ばれるオビドスへ

ポルトガル旅行記第4弾、今日は旅行3日目に訪れたオビドスのご紹介です。オビドスは、リスボンから100km弱のところにある城壁に囲まれた小さな村で、中世の時代からそのまま残されたようなとても美しい村です。1282年にイザベル王妃がこの村を訪れたときにすっかり気にいってしまい、その後村全体が王妃にプレゼントされ、1834年まで代々の王妃の直轄地となっていたということで、大切に保存されてこられたのでしょうね。

車では高速道路を利用して、50分くらいかかりました。駐車場へ車を置いて、歩いていくとすぐ村への入り口、ポルタ・ダ・ヴィラです。18世紀のものといわれるアズレージョがとても美しいです。

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おみやげ物屋やバルなどが建ち並ぶ石畳の道をまっすぐ進んでいくと、サンタ・マリア広場、サンタ・マリア教会のところに出ます。サンタ・マリア教会は、オビドスの村にふさわしい小さな教会。内部の壁が青い模様が入れられたアズレージョで装飾されており、窓から入る光で美しく輝いていました。

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教会を出てもう少し歩くと、もう村の一番奥にあるポザーダに到着です。ポザーダの庭から城壁の上へ上がってみました。城壁の外の風景や村の屋根などの眺めを楽しみながら、ポルタ・ダ・ヴィラのところまで戻りました。昔は、ここを兵隊さんが見張っていたのでしょうね。

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村の中にある家々は、レンガ色の屋根に白い壁、その壁を青や黄色のペンキでアクセントがつけられ、とてもかわいいです。この時期は冬だったので、残念ながらお花はほとんどなかったのですが、春から秋には色とりどりのお花が飾れられるというので、もっともっと魅力的な村になるのでしょう。

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この村を去る前におみやげ屋さんで、ジンジャというさくらんぼに似た果物のお酒を買いました。家に帰って飲んでみたら、梅酒の味に似ていました。甘くて口当たりがとてもよかったです。日本に持ち帰るとなると重いですが、オビドスのお土産に喜ばれると思います。

2010年02月04日

美味!ロカ岬近くのレストラン

今日は日本では立春ですね。ここ、スペインマドリードでは朝の気温が約0度と、まだまだ冷え込みは厳しいのですが、日中は13-4度まで上がる日があり、また花屋の店先ではチューリップが出るなど、少しずつ春が近づいてきているんだなと感じる今日この頃です。

2010年お正月のポルトガル旅行記の第三弾。今日は、ポルトガルのおいしいレストランのご紹介です。

ポルトガルではなんと言っても魚介類がおいしいです。シントラへの観光の後、知人に紹介されたロカ岬に近い、「Refugio Da Roca」にお昼ご飯を食べに行きました。

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ポルトガルのレストランでは、テーブルに案内されると、必ずテーブルにチーズなどのおつまみ的なものが置いてあります。これはサービスではなく、もし食べればしっかりお金を取られますし、いらなければ食べずに横のほうに置いておけば下げていきます。ここのレストランは、写真のように中がとろとろ状のチーズとオリーブが出ていました。注文した料理が出てくるまで、パンにチーズをつけておいしくいただきました。スペインにはこういうおつまみのシステムはまったくないので、このことを知らなかったときは、頼んでないのにとかなり戸惑いましたね。無料のサービスなんだろうかと悩んだり。

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ここでは、やはり魚介類の料理をたくさんいただきました。子供たちが注文した魚介類のスープ、ちょっと味見させてもらいましたが、濃厚な味でとてもおいしかったです。その同じスープで煮込んだ魚介類のリゾット、これも最高においしかったです。上に乗っているのは、香草。ポルトガルでは結構この香草がアクセントに使われています。すずきの焼き魚、ほんのり炭の香りとほどよい塩加減。そして、めずらしいイカの串焼き、これもとてもおいしかったです。

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    天井に引っ掛けるところがあり、そこから吊り下げられます。
     イカの間にベーコンやピーマンもささっています。

ポルトガルではもちろんポルトガル語が話されています。スペイン語と似ているということもあり、こちらがスペイン語で話すとなんとなく向こうは理解してくれるようです。が、ポルトガル語で話されるとこっちはほとんど分かりません。それで、レストランでの注文は英語を使ったりしますが、食べ物の名前や調理法など英語は使い慣れておらず、メニューから選ぶのも一苦労です。イカの串焼きのことなど、あの地方ではよくあるものなのかとか、いろいろ聞きたいことはあるのですが、言葉が通じないので聞けなくて残念です。

おいしいものでおなかが満たされ、幸せな気分でユーラシア大陸最西端のロカ岬へ行きました。お天気は良くありませんでしたが、全く寒くはなくてたくさんの観光客が訪れていました。この記念撮影スポットも次から次へと人が来て、人が入らない写真は撮ることができないくらいでした。

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ポルトガル旅行記、まだまだ続きます。お楽しみに!

2010年01月20日

5年ぶりのシントラへ

ポルトガル旅行2日目、宿泊地から車で約20分のところにあるシントラへ観光に出かけました。友達の家族も我が家もシントラへは2回目で、前回ペーナ宮殿の観光はしたので、今回は王宮のほうへ行くことになりました。前回訪れたときも年末年始の休暇だったのですが、そのときも今回もあいにくの小雨模様で、前回はおまけに霧が出てこのあたりの素晴らしい眺めを見ることができませんでした。今年は、朝早くは激しく降っていた雨が、シントラに来た時は止んだし霧はなく景色を眺めることができたので、よしとせねばなりません。

この辺りは財産家の別荘が多く建ち並び、豊かな緑の木々の中に、スペインにはあまりないパステルカラーの壁の豪奢な家々がとても美しく、車から眺めるだけでもうっとりするような街です。1995年にユネスコの世界遺産に登録されたというのも頷けます。この日はたまたま日曜日で、観光目的地の王宮では日曜日の2時までは一人5€かかる入場料が無料となるので、とてもラッキーでした(もちろん、持っていたガイドブックに載っていたので、最初は午後に見学を予定していたのを午前中に早めたのでした)。

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この王宮は、もともとは8世紀から12世紀までイベリア半島を支配していたイスラム国家のリスボン総督の住居として建てられたものだそうです。1147年にキリスト教徒によりリスボンが奪還されてから、1910年にポルトガルに共和制が誕生するまでポルトガルの王室のものとなっていました。その間、数回にわたり改装が繰り返され、王の住居となったり、避暑のための住まいとして使用されたりしていたようです。ポルトガルに残っている、唯一の中世の王宮として、現在は全世界から数多くの観光客が訪れています。

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スペインの王宮などと比べると、外装などを含めかなり質素なものかもしれません。しかし、私は今までに見たことがない、青や緑のアズレージョ(タイル)で飾られた部屋がとても気に入りました。

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    青と緑のタイルが素敵です。
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    紋章の広間の天井。この部屋はとても豪華でした。

この王宮のシンボルともなっている、ふたつのトンガリコーンのようなものは、煙が抜けるようにされている厨房の天井です。この厨房は、現在も政府主催する晩餐会のときなどに補助厨房として使用されるということです。

この日は、見学のあとに昼食の予定があって食べられなかったのですが、シントラはチーズを使ったお菓子、ケイジャーダがとても有名だということなので、シントラに行かれるのであれば、是非お試しください。

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    外の回廊 イスラム建築の名残でしょう。

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    王宮の前のレストラン。こんな鮮やかな色の建物はスペインにはありません。

シントラ 王宮の公式HPはこちらです。 http://pnsintra.imc-ip.pt/en-GB/Default.aspx

2010年01月08日

車でポルトガルへ

明けましておめでとうございます。
2010年もイベロジャパンとこのスペインコラムのコーナーをどうぞよろしくお願い申し上げます。

2010年も1週間が過ぎましたね。大晦日の夜から友人宅に招かれて、新年を迎える12時にはテレビ中継のプエルタ・デル・ソルの時計台の鐘の音にあわせ、12個のブドウをいただいたので、きっと今年は不景気も終わり、スペイン・ポルトガルにたくさんの旅行者の方が訪れてくださることでしょう。(スペインの大晦日の習慣については、2007年12月27日投稿の「スペインの大晦日」http://www.spain-column.com/2007/12/ をご覧下さい。)

新年が明けて1月2日から3泊4日でポルトガルへ車で旅行に出かけました。宿泊地はリスボン郊外のオエイラというところにあるホテルです。ポルトガルへはこれが4回目で、4年ぶりの旅行となります。マドリードからリスボンは約630kmで、休憩や軽い食事などもいれて約6時間かかるので、運転手さんは大変ですが、家族4人となると飛行機では費用もかなりのものになってしまうので仕方ありません。しかも、マドリードからスペインのバダホスまでの高速は、高速料金がゼロなので助かります。ポルトガルではほとんどの高速道路が有料になりますが、スペイン内が無料なので、ポルトガルの国境の町からリスボンまで14.75€(約2000円弱)と、本当に安いです。

スペインからポルトガルに入るとき、どうすると思いますか?シェンゲン協定のおかげでシェンゲン領域内の国境検問所がなくなっていますので、なんのチェックもなく、ただ県境を通るように国境を越えることができます。行きはうっかりしていて写真が撮れなかったのですが、帰りはバッチリ高速道路を走りながら撮ることができました。また、ご存知の方も多いと思いますが、お金も共通なので換金する必要がなく、とても便利です。

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   国境につけられている看板、ここからスペインです!

リスボンまでの行きの移動は、リスボン手前までは順調だったのですが、そこから渋滞にはまってしまい、時間のロスがありました。地図をお持ちの方はリスボン付近を見てください。テージョ川の河口付近の川幅はとても大きいですよね。このテージョ川はスペインではタホ川と呼ばれている、トレドの近くを流れている川なんですよ。リスボンでテージョ川を渡るには、長い橋を通らなければならず、また川幅が大きいゆえに、橋の数も少ない。よって、当然ながら車が集中し渋滞が発生します。おまけにこの橋を渡るために料金がかかるのでその料金所で渋滞が起こるようです。

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   ベレンにある発見の塔とテージョ川にかかる4月25日橋

今回の旅行は、リスボン市内観光はせず、リスボン近郊のいくつかの町を訪ねました。これから、何回かに分けてその素敵な街を紹介していきたいと思っています。どうぞお楽しみに!

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   ポルトガルではたくさんのアズレージョ(タイル)を見ることができました。

2009年12月23日

今年もだめだった・・・宝くじの話

都合により1週間更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

今年もあとわずかですね。ヨーロッパが寒波に覆われ飛行機の運航などに多大な影響が出ていることは日本でもニュースになっていたのではないでしょうか。昨日の朝、マドリードは5cmくらい積雪がありました。内陸なので、気温が下がることはあっても、積雪はあまりないので、道路などは大混乱となってしまいました。

息子はバスで通学していますが、バスが来る気配がないというので、車で学校まで連れて行きました。道路にもまだ雪が残っていたのですが、ゆっくり気をつけながらなんとか学校までは問題なくたどり着きました。が、帰りに大渋滞にまきこまれてしまい、10分弱の道のりが1時間以上もかかるという事態におちいりました。やっとのことで家にもどると、息子から電話が入り、クラスのみんなも先生も来ないから、休校になったとのこと。はあ? あの苦労はなんだったの? そんな簡単に休校にしていいの? と嘆いても無駄なだけです。しかも、雪の影響がなくなり、道路も元の状況にもどっても、授業が始められることはありませんでした。

毎年、12月22日、スペインでは興奮につつまれます。そうです!クリスマスの宝くじの抽選日なのです。この日は、朝9時ごろから抽選が始まりますが、抽選が終わるまで約3時間もかかります。そして、一等賞が出ると、当選者たちがスパークリングワイン(スペインではカバ)を片手に大喜びしている映像が、何度も何度も流れ、ニュース番組のトップニュースになります。日本では、宝くじに当たった人が大喜びしている姿はテレビで流れるのを見たことがありませんよね。だから、一番最初にこの風景を見たときは本当に驚きました。

スペインのクリスマスの宝くじは、5桁の数字が書かれています。1つの数字の券は1850枚も発行されており、同じ数字の券を会社の人たちや町の宝くじ売り場で買った地域の人々が持っているので、当選者が何十、何百人も近くにいて、それでいっしょに大喜びできるのです。

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今年、夫が会社の同僚といっしょに買ったくじです。これは、10分の1券で、20€、日本円で約2600円。もし1等賞があたれば、この券で30万€、日本円で3600万円。それだけの金額を手にする人が、周りに何十人もあれば大騒ぎになるのは当然ですね。残念ながら、この券は今年も紙くずとなってしまいました。何年か前に1等賞と最後の一桁が同じで、いくらか当たったことがありますが、それだけです。

日本のジャンボ宝くじに比べると、1枚の券の値段は高いにもかかわらず、1等賞の額が小さい。ですけど、それだけ多くの人に当たるのでしょうね。どちらにしろ、宝くじが当たって隠れて喜ぶよりは、みんなと大喜びしたほうが、楽しいに決まっています。いつか、カバを片手に、狂喜乱舞できる日がきますように。次なるチャンスは、1月6日の子供宝くじ(Lotería del niño)です。

2009年12月03日

サルバドール・ダリ

マドリードは、暖かい秋が続いていたのですが、11月末ぐらいからぐっと寒さが厳しくなってきています。日本の12月ほど気ぜわしくないものの、スーパーマーケットなどに行くとクリスマスソングがかかっているので、それを聞くと楽しい気分になるよりも、なんとなく焦る気持ちになってしまうのはわたしだけでしょうか。

さて、前々回からソフィア王妃芸術センターを訪れた日のことを書いておりますが、今日もその続きです。ここの一番人気画家は、世界中の子供でも知っているピカソですが、その次に注目していただきたい画家がサルバドール・ダリです。芸術センターにも2階(日本で言う3階)にいくつか作品が展示されています。

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  ソフィア王妃芸術センターにあるダリの作品の一つ

私の夫は某大学のスペイン学科を卒業しましたが、その授業でスペイン美術という授業もあったようで、教科書として使っていた本にダリの絵が載っていて、それを結婚後のある日、目にしました。あの有名な、時計がぐにゃっと曲がっている絵です。だれがこんな絵を描いたのかと、驚くと同時にとても興味を持ちました。他の作品を見ると、ますます不思議なダリの作品に惹きつけられたのを思い出します。口の上のひげをピンと上向きにし、目を大きく見開いた顔写真。それだけでもかなり不思議ですが、いろいろ調べてみると、講演会に潜水服姿で登場したとか、フランスパンを頭にくくりつけて取材陣の前に現れたとか、とても不思議な奇妙な行動をとっていたようです。

そんな不思議なダリの作品を徹底的に見たい方は、是非ダリの生誕の地である、フィゲラスのダリ美術館まで行ってみてください。フィゲラスはバルセロナの北約140kmのところにある街で、電車で2時間弱かかりますが、ダリファンの方なら絶対満足されると思います。美術館の外観からして、驚きです。私が行ったのは、もう7年前になります。膨大なダリの作品が集められた美術館は、そのときまだ小さかった子供も楽しかったようです。なんといっても、入ったらすぐ、車内で雨がふる仕掛けがある大きな車の作品があるなど、普通の美術館では考えられない作品がいっぱいです。

フィゲレスの他にも、ダリの住居であり実際に作品を作成していたポール・リガッの美術館、中世の城をガラ夫人の住まいとして贈ったプボールの美術館があります。ポール・リガッは白い家が建ち並ぶとても美しい地中海の漁村、カダケスの近く、プボールは中世の街並みが残るジローナの近くにありますので、それらの美しい街、村の観光も組み合わせながら旅程を組まれるのがお薦めです。

3つのダリ美術館の公式HPはこちら http://www.salvador-dali.org/museus/es_index.html

2009年11月18日

芸術センターを訪れて・・・

芸術センターに行ったのは、水曜日の午前中。入り口から入場するときに、かわいい小学校低学年くらいの子供たちの列を見かけました。社会見学に来たんだなとおもわず写真を撮ってしまいました。中に入ると、いるわいるわ、幼稚園から中学生くらいの生徒まで、いくつもの団体がいました。彼らは、絵の前で地べたで座り込み、先生の説明を聞いたり、質問に対して発言をしたり、小さな頃から素晴らしい芸術作品を生で鑑賞しているのです。今はどうか知りませんが、私たちが子供の頃は日本では美術館で絵画を鑑賞するということは、ほとんどありませんでした。それを考えると、マドリッドには偉大な画家の絵を多数所蔵している美術館がいくつかあり、子供たちはとても幸せですよね。

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我が家の二人の息子は、もう大学生、中学3年生と大きくなりましたが、スペインに来てから、どんな素晴らしい芸術の教育を受けるのだろうととても興味がありました。どうしてかというと、何人も世界的に有名な芸術家を輩出している国だからです。でも、学校で図工の時間にやっていることと言えば、独創的なものは何も要求されないものです。何かを模倣するようなものばかり。長男が中学に入ってから絵を何枚か書いて家に持ち帰ってきましたが、既に存在する画家の絵を画集などから選んで、それを模倣したものなのです。スペインに長く住む友人の話によると、学校での図工や音楽の教育はまだ歴史が浅いということで、その点から言うと図工の教育は日本の方が進んでいると言えるかもしれません。また、良く考えれば、素晴らしい芸術家というのは本人の持って生まれた才能いかんで決まるのであって、学校教育で育まれるものではないですものね。

欧米ではどこの国でもそうだと思いますが、スペイン人の家でも、絵やポスターなどを素敵に飾る習慣があります。そのためにどこの町にでも額屋さんがあります。絵を持っていくと、それに合う額と額と絵の間の紙を予算に応じて決めてくれます。もう10年くらい前に家の近くにある額屋さんで額装してもらった、広重の浮世絵。京都で買ったもので2・3千円の安いものだったのですが、こうやって飾るとなかなかではありませんか?
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2009年11月05日

ゲルニカとの再会

マドリードのソフィア王妃芸術センターに見学に行ってきました。マドリードに住み始めて早11年。恥ずかしながら、未だに行ったことがありませんでした。家族や友だちがスペインに遊びに来たとき、プラド美術館には何度か見学に行きましたが、ここには来る機会がなかったのです。東京に住んでいる人で東京タワーに行ったことがない人が多いのと同じで、なかなかよほどの機会がないと近くにある観光地にはいかないものですが、秋も少しずつ深まり「芸術の秋」を楽しみたいなと思い、また2009年5月に芸術センターの拡張工事を終えたばかりということもあるので、一人で足を運ぶことにしました。

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このソフィア王妃芸術センターは、18世紀に建築され病院であった建物を利用し、20世紀から現代の美術品を集めて、バルセロナオリンピックが開催された1992年にオープンしました。拡張されたのは、以前からあった建物のアトーチャ駅側にできたとても斬新なデザインの建物で、コレクションや図書館やレストランなどが入っていました。0階から4階(ご存知の方も多いと思いますが、ヨーロッパでは日本の1階が0階になります)に絵画をはじめ、彫刻、写真、映像などなど膨大な数の作品が展示されています。その中で、世界でも有名な20世紀に活躍した、ピカソ・ダリ・ミロの作品は2階に展示されています。時間に限りのある方は、2階の展示室を一周されてはいかがでしょうか。

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     新しく拡張されたビル

その中でもこの芸術センターの目玉の作品は、パブロ・ピカソの大作、「ゲルニカ」です。この「ゲルニカ」は、1988年の新婚旅行(私のです)でマドリードに来たときに鑑賞しています。そのときは、ソフィア王妃芸術センターはまだ国立の美術館としてオープンされておらず、「ゲルニカ」はプラド美術館別館に所蔵されていました。ですので、今回は21年ぶりの再会。やはりその作品の大きさに圧倒されました。
 
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     「ゲルニカ」と監視員

「ゲルニカ」はスペインバスク地方に実際にある小都市で、1937年にフランコ将軍を支援するナチスにより市民無差別の空爆を受けたことを聞いたピカソがパリ万国博覧会の壁画として描いたものです。(私が撮った写真より、芸術センターのページをご覧ください
http://www.museoreinasofia.es/coleccion/coleccion-1/sala-206.html)この作品は1975年にフランコ将軍が亡くなってしばらく経った1981年までスペインに戻ることはできなかったそうです。私が最初に「ゲルニカ」を見たときは、当時は良くわかっていませんでしたが、ピカソの故郷スペインに里帰りしてまだ間もない頃だったんですね。

ソフィア王妃芸術センターのその他の作品についてはまた次回にお伝えしたいと思います。お楽しみに。

2009年10月21日

マドリードの豆料理

今年の夏は例年より暑く、10月前半まで日中は半そでで過ごせるような陽気が続いていましたが、ここ1週間でかなり涼しく、そして朝晩は寒さを感じるようになってきました。秋が深まると、身体を温めてくれる料理が恋しくなりますね。日本でなら様々な「お鍋」という素晴らしい料理がありますが、スペインにも鍋でコトコト煮込み、スプーンでいただく料理が多くあります。

マドリードの郷土料理で代表的な、コシード・マドリレーニョと呼ばれるものもその一つです。これは、主な材料がガルバンソ(ひよこ豆)で、いい味のスープが出る、牛肉・豚肉・鶏肉・チョリッソ・生ハムの骨などの肉類とキャベツ・にんじん・ジャガイモ・大根などの野菜類をぐつぐつ鍋で煮た料理です。最初にスープだけを取り出して短いパスタを入れたものをいただき、そのあとにガルバンソとその他の肉類や野菜を食べます。子供たちが通う学校の給食でも、月に一回か二回はこのコシードが登場しますし、どこの家庭でもおふくろの味としてあげられるもののひとつになるくらい、よく食べられる料理です。

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豆類が身体にいいというのは今や健康を気遣う方には常識のひとつになっていますよね。日本で豆というと、なんと言っても大豆があげられますが、スペインでは大豆を料理として食べるという習慣がありません。しかし、最近の研究で大豆にイソフラボンという身体にいい物質が含まれていることが広まったことから、牛乳やヨーグルトなどの乳製品に大豆の成分入りというものも登場してきたんですよ。

スペインでよく食べられる豆は、ガルバンソとインゲン豆とレンズ豆。豆料理を多く家族に作ってあげたいと思うけど、ネックになるのは時間がかかること。しかしながら、レンズ豆はとても小さく水に浸さなくても3~40分でやわらかくなるから、うちではよく作ります。作り方もいたって簡単。たまねぎ・にんじんを荒めのみじん切りにして軽くオリーブオイルで炒め、そこにレンズ豆とひたひたになるくらいの水を加え、その後に生のチョリッソを輪切りにしたものを入れて、コトコト40分くらい煮込むだけ。チョリッソから塩気とにんにくとパプリカの味が出てきますが、塩を少し足します。日本の豆料理と違って甘くないから、これとバゲットでお昼ご飯にしています。スペインの家庭なら、レンズ豆の煮込みがプリメル・プラト(第一のお皿)で、セグンド・プラト(メイン料理)に肉か魚を食べるようです。

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最初にご紹介した、コシード・マドリレーニョで有名なレストランがあります。創業1870年という老舗、La Bolaというレストランです。これから寒い時期にマドリードに観光にいらっしゃる日本の旅行者のみなさん、身体を温めたいというときに是非行ってみて下さい。http://www.labola.es/

 ※ 写真は他サイトでアップされていたものを使用させていただいています。